漆を伝える人々
2007/3/28
昨年の5月から週刊朝日百科の「人間国宝」シリーズが出版されています。今年の9月までの間に全70冊が刊行される予定だそうです。ご存じかとは思いますが、この「人間国宝」というのは通称で、正式には「重要無形文化財保持者」といいます。これは無形文化財の中で特に重要な「わざ」を「重要無形文化財」に指定し、それを体得、体現している人を保持者として認定する制度です。
先日、そのシリーズの43冊目、きゅう漆の号が発売されました。(“きゅう”の字は「かみがしら(髟)」に「休」と書きます。表示できないのでひらがなで書きます。)これまで刊行された漆芸関係の本は、漆芸1蒔絵「高野松山・松田権六」、漆芸2「大場松魚・寺井直次」、漆芸3彫漆・蒟醤「音丸耕堂・磯井如真・磯井正美・太田儔」で、今回は4冊目、きゅう漆「赤地友哉・増村益城・大西勲」です。
これまで発刊された漆芸分野の3冊は、蒔絵・彫漆・蒟醤といった漆塗りが施された上に文様を表現する加飾技術の分野でしたが、今回は漆塗りの技術で認定された3名です。この漆塗り技術の下地から仕上げまでの作業を総称して「きゅう漆」と呼んでいます。「きゅう」とは中国では「刷毛で塗る」という意味で使われていましたが、後に漆塗技法全体を表すようになりました。
きゅう漆で初めて認定されたのが赤地友哉。曲輪の素地に塗り立て仕上げの造形が特色です。そして乾漆の素地に呂色磨き仕上げを得意とした増村益城。二人は同じきゅう漆分野でありながら、対照的な技法を用いた作家でした。
きゅう漆は加飾表現がないだけに造形そのものが命であり、この二人の作家の出現は、日本のきゅう漆分野に「かたち」の重要性を認識させたのでした。
二人は明治時代に生まれ、昭和の始めから戦中、戦後と、漆液すら満足に入手できない時代にあって自己を磨き、漆の美しさを表現し続けてこられました。その漆に対する愛情と作品制作への情熱が、今回の本からも伝わってきます。
漆の仕上がりの肌や色が大切な分野でありながら、戦中から戦後しばらくは、大切な日本産の漆が思うように手に入らず、特に戦後は中国からの輸入漆さえもなくなった時期がありました。そんな厳しい時代を乗り越え、現代の私達に伝えてくれた漆に対する価値観と技術の大切さを改めて感じています。
本文中に私も執筆していますが、戦後、日本産の漆が枯渇しそうな時期に国の補助を僅かながらでもいただきながら、漆樹の植栽・保育・採取の活動を行う日本文化財漆協会を設立したのが松田権六と増村益城です。赤地友哉も後に会長を務めています。
今日、日本伝統漆芸展の創作や漆工文化財保存活動には欠くことができない日本産の漆が、戦後半世紀を経てようやく確保されることとなり、その漆液の強さ、美しさを伝えることが可能となったのも、厳しい時代を耐え抜いた先人達のおかげと感謝しています。

