ブータン旅行(その3)
2007/6/19
少々間が空いてしまいましたが、ブータンの話を続けます。肝心の漆のことを話さずにいましたから。
前回もお話ししましたが、ブータンの国土の大半は森林で、今でも国策で森林保護が優先されています。これは隣国のネパールが、急激に森林伐採を行った結果、国土が荒廃したことを見ての判断かと思います。そのブータンでの木材の有効利用は、多岐にわたっています。近年の建築物は鉄筋モルタルに移行していますが、内装には木材がフルに使用されており、室内装飾などにはあらゆるところに木彫彩色が施され、色鮮やかです。
さらに工芸品にも木工製品が多く、轆轤挽きで作られた小椀、合子等、長く伝承されてきた形が今なお製作され続けています。特に楓で挽いた小さな椀には漆が摺り込まれ、その美しい木目と艶が好まれています。
ただし、漆樹が育つのは東ブータン地域であるため、それらの木工品が作られるのも必然的にタシマンツェと呼ばれる東部地域に限られてきます。同じ漆といってもブータン漆は葉からにじみ出す液から採取するため、大量に一度に確保できません。そこで枝を切り、葉を取ったその場で木地に摺り込まなくてはいけない事情があるので、木工製品はその地域でしか作られないという結果になるわけです。しかも、漆は親指で直接摺り込んで仕上げています。椀は内外共に摺漆で仕上げられる場合も多いのですが、内側のみ黒漆で仕上げてある椀もあります。恐らく掃炭を混ぜて黒くしていると思われますが、これもやはり指で塗り込むため、刷毛目ならぬ「指目」が強く残る上塗りとなっています。
輪島の漆芸家であった故角偉三郎氏は、このブータン漆器と出会い、日本に帰国後刷毛を捨て、自らの指で塗った椀を作り発表したことは有名な話のひとつです。
ブータンの漆器は、ブータンの自然と生活そして歴史が生み出した傑作であり、独自の力強い形態は、時代・地域を越えて私達に訴えかけてきます。残念ながら漆液の量が確保できないことから、現在では希少な産物になりつつあるのも事実で、木目の美しい椀等は、とてもブータンの人々には買えない値段になってしまっています。さらにもっと残念だったのは、おなじ形をした椀で漆を塗らずに化学塗料を塗った椀が数多く並んで売られていたことです。一般の方は漆椀であると言われれば信じて購入してしまうでしょうが、私は漆が専門ですので、一目でその違いがわかります。このような仕上げをブータンの職人が行うはずはなく、他国からの「悪しき知恵」の結果に落ち込んだ次第です。中にはその違いがわからずに同じ金額で置いてある店もありましたが、私は「本物の漆」が塗られた数少ない椀を購入してきました。
本当はブータン東部のタシマンツェに足を運んでみたかったのですが、道路事情と日程とが合わずに残念でした。しかし紙漉や漆工芸など日本文化との共通項を感じることのできた、楽しい旅となりました。

