漆 | 室瀬和美 :::: Urushi | Kazumi Murose, Japan

「My 椀」キャンペーン

2008/2/25

先日、岩手県知事と漆の文化についての鼎談をさせて頂きました。鼎談で触れたのは「漆文化」は日本の文化そのもので、それをどこの県より岩手県から発信し、日本の価値観に広げていきたいということでした。これから中尊寺の世界遺産登録や浄法寺の漆を含め、岩手県から「漆文化」を発信する時期にきたと感じました。

その鼎談の後、参加されたひとりの先生から「これから自治体の小中学校給食の器に漆器を使うべき」とのご意見を頂きました。

しかし、これについては費用も伴いますし、食器の洗浄システムその他、現状に合わせるには難しい問題が山ほどあります。ただ長野県の木曽地方では、平沢漆器を給食用食器に作って使わせている例もあり、二戸市や浄法寺町のような小さな自治体の規模なら可能かも知れません。従って「小中学校給食の器に漆器を使う」という提案は悪い話しではありませんが、行政がお金を出して支えるだけでは将来的に発展性がありません。やはり一般の人に漆器を購入して使用して頂く習慣(販路)を再度作り出す後押しを、今後していくべきであると考えます。

「みなさんが漆器に親しむ」ということから言えば—これはすでに私が個人的に実行していることでもありますが—子供さんが生まれたら、お祝いにお椀(+箸ならもっと良いですが)を送るという運動はどうでしょう。子供専用の小振りで丈夫なお椀をオリジナルに作るのです。

日本には「食い初め」といって、生まれて100日(120日)目に乳児に箸を持たせて、初めて食膳につかせる祝事があります。しかし、これは1回きりの祝い行事なので、皆さん椀と箸を揃えるのは形ばかりになってきています。一方「(おじいちゃんやおばあちゃんが)生まれてきたお孫さんのために子供用の漆椀を買ってお祝いしましょう。」という提案なら、その漆椀は「食い初め」に始まり、離乳食から小学校時代まで10年位は充分に使えることになります。

以前にも書きましたが、私は数年前から通常の椀より小さな「子供椀」を作っています。そして椀の糸底(裏)には子供さんの名前を漆で書いてあげます。つまり、その子だけのたったひとつの椀になり、これはとても喜ばれています。これは私流の「My椀」キャンペーンみたいなものです。

これからこのキャンペーン(?)をどのように発信し、定着させるかを考えなくてはなりませんが、この運動により、毎年生まれた子供の人数と同じ数の子供のお椀が消費され、その子達は大きくなるまで漆に触れて豊かな感性が育ち、さらには自分の椀は自分で洗うという習慣が身につくのです。そして次の段階として、大人の椀のサイズに買い換えていってもらう、という流れが生まれます。

「漆」は強く優れた素材ですが、その漆液を使った「漆器」が強いか弱いかは表から見えないのが、一般の方々に理解されにくい点です。「漆が良い=強い漆器」という単純な表現ではなく、漆がどこにどのように使われているかが、「強い漆器」であるための重要な点なのです。毎日使う椀には丈夫な木地と下地が必要で、下地が弱いと安価であるが壊れやすく、直しも出来ません。若干コストは高くついても強い漆を沢山使った下地が最適です。しかし、安いお椀が求められる結果、弱い下地の漆器を作ってしまうのです。

例えば岩手県産の浄法寺の漆は良質であり、下地からその漆を使った強い漆器を作れば「浄法寺は漆も漆器も良い」ということになります。しかしそれでは高くて売れませんという理由で、別の漆を使った下地の弱い漆器を作ったら「浄法寺の漆は良いが漆器はダメ」という結果になってしまいます。つまり最後の上塗りだけ日本産の漆を使っても強い漆器にはならないのです。輪島が漆器の町として全国を制したのは、間違いなく「安い漆器」ではなく「強い漆器」を目指した結果です。少し厳しい表現のようですが、これまで何回もあった日本から海外への進出チャンスも「安い漆器」で信用をなくした歴史的事実があるのです。

なぜ「漆が良い=強い漆器」ではないのか、なぜ「椀は木製で漆塗りなのか」など、基本的で重要な話しはまだ沢山あって、これからその話も順次していきますが、まずは、揺るぎない事実—漆は日本人になくてはならない「財産」であること、そしてそれをただ守っているだけでは何も発展しませんということを今日はお話ししたかったのです。
これからの21世紀は、この大切で優れた「漆」という素材をアピールして攻めていくべきであると考えます。それには漆掻きの方々や漆器製造技術者の生産側を「守る」だけではなく、消費するルートを作る「攻め」の部分を考えていくことが重要です。消費がひろがれば、結果的に生産が確保できます。

これまで中尊寺金色堂の修復事業をきっかけに、文化庁始め日本文化財漆協会など多くの方々の努力で無くなりそうな日本産漆の確保が続けられてきました。その漆の良さをさらにアピールして、みなさんに受け入れていただく時代に入っています。