漆 | 室瀬和美 :::: Urushi | Kazumi Murose, Japan

ヨン様と漆教室

2009/3/11

先日、ヨン様が盛岡で漆塗りを体験したという話がテレビで報じられていました。この報道の反響はいかほどのものなのでしょうか。少々気になりますね(笑)。というわけで、久しぶりにブログを書いた今日はこんなタイトルに。
さて、「漆塗りの体験」といえば、私は漆芸作品制作と共に、一般の方々に向けて漆芸教室を開いています。始めたきっかけは、新宿の産経学園での漆塗り教室でした。
もう30年以上も昔のことです。当時、鎌倉に伊志良不説先生という方が住んでおられました。先生は私の父の親友で、お付き合いは関東大震災にさかのぼると聞かされています。
父は輪島近郊の合鹿椀で名の知られる柳田村で生まれました。両親が早く他界したため、絵が好きだったこともあり、13歳で輪島の沈金師・蕨武洲の門弟となって修行することにしました。後に京都に出て、京都美術学校の教授で岩村光真という先生について蒔絵と螺鈿技法を学んでいましたが、ちょうどその時期に伊志良先生が関東大震災の被害にあって京都に疎開、父の隣家に住んでいたそうで、それが二人の出会いでした。
その後、伊志良先生は鎌倉に戻り、父は上京して当時東京美術学校の教授であった六角紫水先生の門下生となりました。二人の付き合いは戦後も続き、父が鎌倉・長谷にある伊志良先生のお宅へ通い漆塗りを教え、逆に伊志良先生から鎌倉彫の彫りを教わる、という交流が定期的に続きました。私が子供の頃、訳も分からないまま江ノ電に乗り、大仏の傍にある伊志良先生のお宅に連れられ、父達が鎌倉彫や漆塗りのやりとりをしている間、ひとりで大仏周辺で遊んでいた記憶があります。
さて、話がかなり遠回りしましたが、私が漆の道を志して大学の漆芸科に通うようになった頃、伊志良先生は産経学園で鎌倉彫の漆塗りを教えておられました。当時は漆を素人が塗るなど考えられない時代でしたから、恐らく日本で唯一の漆を教えるカルチャー教室だったと思います。ただ伊志良先生もご高齢で、鎌倉から新宿まで通うのが難しくなり、父に代わってもらえないかとの依頼がありました。父もその頃は60歳を過ぎ、外出もあまり好きではなかったものの、伊志良先生のお願いということで引き受けたのでした。しかし1年ほど教えた頃、転倒して骨折。急遽、私がピンチヒッターとして教室に出向くことになりました。その時私は24歳くらいだったかと思います。生徒は私の親ほどの世代の方ばかりでしたが、楽しく漆塗りに勤しむ姿を見て、「漆は一般の人でも充分楽しめる分野なんだ」と初めて感じました。それまでの私はというと、漆芸は専門家だけの特殊な分野と堅く考えていたので、目から鱗が落ちる思いがしました。
父は怪我が治った後も、年齢的に毎週出かけるのは辛いと言って、結局そのまま私が漆教室の先生を続けることになりました。気がつくとそれから30年以上の歳月が経ちました。当時は素人などに漆ができるわけがないとの批判も受けましたが、今となっては多くのカルチャー教室や個人の教室などで開講され、盛んになっています。その始まりが、私も引き受けていた教室だったということは、誰も知らないのではないかな、と思います。
現在では私が育てた人達が先生となって、次の世代の人達を指導しています。漆塗り、蒔絵、鎌倉彫から陶磁器の金継ぎまで、多様な技法を一般の方々が楽しみながら理解し、一時は忘れかけた漆の美しさを再び感じてもらえる場となっています。
興味のある方は、いつでも試してみてください。